大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和40年(わ)1760号 決定

本人 M・G(昭二四・三・七生)

主文

本件を大阪家庭裁判所に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二四年三月七日生れの少年であるところ

第一(一) ○井ことAおよびBと共謀のうえ

(1)  昭和三九年一〇月○○日頃大阪市城東区○○○○町○丁目○番地○田○四方前路上において同人所有の二輪自転車一台(時価三千円位)を

(2)  同年一一月○日頃同区古市○○×丁目○番地○重○郎方前路上において同人所有の二輪自転車一台(時価千円位)を

(3)  同日頃同区○○町○丁目○○番地○川○昭方前路上において同人所有の二輪自転車一台(時価二千円位)を

(4)  同月○○日頃同区○○○○町×丁目○○番地○井○郎方前路上において同人所有の二輪自転車一台(時価千円位)を

(二) ○井ことAと共謀のうえ、昭和三九年一〇月××日頃大阪市城東区古市△△×丁目○○番地○場○義方において同人所有の二輪自転車一台(時価五千円位)を

夫々窃取し

第二(一) 自己の在学する大阪市立○○中学校で担任および主任の教師より、自転車を窃んで検挙された非行について強く叱責され更に顔を殴る体罰をうけたうえ登校をとめられたことを恨み、被告人とほぼ同様の立場にあつた非行友達の同級生○井ことA(当時一三歳)と共謀のうえ右教師に対する仕返しとして○○中学校の校舎に放火しようと企て、昭和三九年一一月××日午後八時頃大阪市城東区○○町○丁目○番地に所在し、校内に宿直員が現に住居に使用する宿直室があり且つ宿直員が夜間定時に校内を巡視している右○○中学校の木造校舎内において同室内の机や椅子を積み重ねその下部に同室内にあつた地図、出席簿、トレーニングパンツ等を差入れ所携のマツチで点火して放火し、よつて同教室の床、天井の一部に燃え移らせて右校舎をしようきし

(二) 更に○○中学校校舎の放火にとどめては直に自分等の行為と疑われるおそれがあるから、自分等と無関係の○中学校校舎にも放火して自分等の犯行をかくそうと思いつき、右Aと共謀のうえ同日午後九時前頃同区○○○○×丁目○○番地に所在し、校内に宿直員が現に住居に使用する宿直室があり且つ宿直員が夜間定時に校内を巡視している大阪市立○中学校の鉄筋三階建東校舎の教室において同室内の机や椅子を積み重ねその下部に同室内にあつた紙片、箒、卜レーニングパンツ等を差入れ、所携のマツチで点火して放火し、更に木造二階建中央校舎の教室において同室内の机や椅子を積み重ねその下部に同室内にあつた紙片、トレーニングパンツ等を差入れ、所携のマツチで点火して放火し右木造校舎一棟(六教室延四九五平方米)をしようきし

たものである。

(証拠)(編省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一  本件は非現住建造物放火罪であると主張する。しかし○○中学校、○中学校の各校舎はともに判示の通りであり、更にこれを棟別にみても○○中学の放火された西棟木造二階建は室直員の現住する宿直室のある北棟と廊下により連続一体となつており、しかも右宿直室にはその時宿直員が現在していたものであり、被告人等は宿直室のあることおよび宿直員に気付かれることを警戒しながら放火したものである。また○中学の判示木造二階建中央校舎も宿直室のある棟と廊下で接続する等○○中学と同様の事情にあつたもので被告人等はこれを警戒しながら放火したことも同様ゆえ、この点からみても判示各放火は人の現に住居に使用する建造物に対する放火罪と認むるを相当とする。

二  次に弁護人は本件放火の犯人が被告人であると断ずべき証明がないと主張し、その理由として左記をあげる。

(1)  本件の捜査は第一目撃者の「犯人は子供であり、火災発見の際、子供が逃げてゆくのを見た」旨の不真実の供述により「犯人は少年なりとの予断による見込捜査」であるために被告人が犯人に仕立てられたものであるとする。しかし捜査の当初の見込が弁護人主張のような事情にあつたとしてもそれゆえに被告人がぬれぎぬを着せられたものと断じ得ないことは申す迄もない(2)犯人と犯行とを結ぶ物的証拠はないとする。しかし前掲した証拠のように物的証拠は僅少ではあるが存在する(3)共犯とされるAの検事調書と被告人の自供のみにより断罪するのは違法であるとする。しかし前掲した通り右二つの証拠のみで証明ありとするものではない(4)被告人の自供と客観的証拠とは概ね一致するけれども(イ)右自供はAの自白とともに取調官の強制且つ教導にかかるものゆえ、任意性なく証拠能力がないとする。しかし右取調べに当つた警察官等を証人としてその自供調書作成情況を取調べ、また、被告人およびAの録音テープを検討した結果右両名の右自供調書は任意性に疑いないものと認められる。(ロ)仮りに任意性があつても信憑性がない即ち、(a)被告人は精神薄弱児であるから、かりに犯人であるとしても事件より二ヵ月余り後に至つて自供調書のような詳細且つ正確な供述をなしうるはずがない。換言するとこれは捜査官がその想定した犯行の筋書を被告人等にくり返えし教えこんだうえ、あるいは録音し、あるいは自供調書をとつたものである。また上申書をかかせたものであるとする。しかし捜査官がその想定する筋書を被告人やAに教えこんだと疑うべき証拠もなく(前記証人調べと録音のように間断なく述べてゆくもの参照)、弁護人の主張とは反対に自分の経験したことであるがゆえにこそ知能の低い者でも事件より二ヵ月余り後でも詳細に述べうるものともみられる。(b)被告人もAも右自供前もまた公判請求後も一貫して犯行を否認している態度こそ警察、検察庁における自白が強制、誘導による虚偽のものであり被告人が犯人ではないことの情況証拠であるとする。しかし、必ずしも左様な法則があるわけではなく被告人の右自供書によれば犯行を否認する理由として「テレビで知つたのだが放火の刑は重く十年位は刑務所に入らねばならぬうえ、損害を全額弁償せねばならぬ」と言うことを思い出したので否認することにしたとあり、また学校では非行に対し先生はひどく怒つて、殴るのに取調官はやさしくさとすので、自白して、よい人間に立ちかえりたいからありのまま述べる気になつたとある。このことは録音にも述べられている。(c)○○中学では火事より数日前から塀の一部にトラックが衝突して穴があき、そこから児童が出入りしていた事実がある。これはAが知つている筈だからこの穴から校内に侵入すべき筈なのに二米近くもある高い塀を乗りこえて入つたとするのはいかにも不自然であるとする。しかし右の穴は被告人等が校内に入る前に、一旦おちついた○○公園とは反対の側にあり、且つ○○公園の方が穴のある方よりもうす暗く、人に気付かれ難い状況にあつたから、ここに乗つて来た自転車をかくしておき、公園のコンクリート柵と学校の塀と殆ど接着しており、この棚を足場にすれば校内に入ることは少しも困難でないのに着目して、ここから入ろうと企てたものであること、また悪事を行う場合、即ち人に気付かれることを恐れるものとしてはわざわざ危険性が多く、且つ遠い穴のあるところまで行かなくとも、ここより校内に入る気になつたのはむしろ自然である。(d)○中学の第一放火と第二放火とは場所的に約一〇〇米の隔たりがあり、且つ第二放火でも施錠を破り放火の準備をしたうえ点火せねばならぬものであるところ右二つの出火の時間差は消防署の書類によれば四分にすぎぬ。これは到底一人の犯行とは考えられぬとする。なる程、もし両者の点火の間隔が真に三分とか四分では如何にも短かすぎる感がある。しかし右書類を作つた消防士を証人としてしらべたところによれば右の短時間でも一人の者による本件放火は可能であるとの意見であるのみならず、右は火災報知受領と報知者の取調べによる推定にすぎぬから正確なものではない。すなわち若し鉄筋の方の火のもえ具合がおそく、これに比し木造の方が早くもえ出すこともありうるし、また発見する人と両棟の位置、ガラス窓の方向等の差もあり火災報知者の錯覚等もあるから必ずしも両方の点火の時間的間隔が三分とか四分とかであると断定できないところである。更に如何なる者も全く同じ手口を繰返せば次第に熟練して動作が早くなる理でもあるから右消防署の点火推定時間差の記録のみを以て同一人の犯行でないと断じうるものではない。(e)被告人およびAにはアリバイがあるとする。しかしAのアリバイとしては、当時Aは殆ど毎日のように○ガラス店へ遊びに行つていたといつた程度のものにすぎず、次に被告人は本件の時間、○村○雄方でテレビ(ベートベン物語)をみていたと主張する。そして証人○村○雄も当公判廷でこれに符合した供述をしている。しかし右証人は既に右証言前に被告人のアリバイの点につき取調べをうけ「被告人が同人方にいたのは同日午後五時半頃から六時半頃迄だつたと」述べており(○村○雄の司法警察員高瀬守に対する供述調書および右高瀬守の当公判廷における証言)この点のくいちがいに関する○村○雄証人の公判における弁明は、右高瀬守が当時右証人を取調べたのは、被告人のアリバイを調査するためのものであつたことからして合理性がなく措信しがたい。

さらに○村○枝の司法警察員に対する供述調書には昭和四〇年二月はじめ頃○村○子さんから火事の晩「被告人がお宅に遊びに行つていたでしようか」ときかれたが自分は記憶がないので息子の○雄に尋ねたところ○雄の答えは「被告人は午後五時半頃きたが一時間余りして私方が夕食となつたため帰宅し(その日は)その後、来ていない」と言つた旨の記載がある、ところよりみても○村○雄の右証言は措信できない。さらにAのアリバイの点についても○井○子こと金○泰の警察および検事調書によればAは当夜七時半頃外出し、九時頃帰宅したように思う旨の記載があり、被告人及びAのアリバイはいずれも成立しない。(尚弁護人の主張しないところではあるが、放火当時被告人が怪我したとの証拠がないのに放火現場には血痕があることが一応疑問となる。しかし○中学校の検証調書によれば右血痕は消化液の上に附着していること、また○川○夫証人(消防士)の供述によれば消火者がガラスで怪我したとあるからこの点の疑問ものこらない)

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一の各窃盗は刑法二三五条六〇条に、第二の各放火は同法一〇八条六〇条にあたるが、以上は同法四五条前段の併合罪であるから放火の刑につき各所定刑中各有期懲役刑を選択の上同法四七条第一〇条により最も重いと認める○中学校の放火の刑に同法一四条の制限内において併合罪の加重をなし、被告人は少年であるから少年法五二条一項二項にしたがい処断すべきところ、本件は学校放火という重罪でありその被害も甚大である、しかし被告人は幼にして、父に死別し、母とも生別し、貧しい伯母に引とられ、更に脳膜炎におかされたため精神薄弱児となり小学校も二年おくれるという薄幸児であり、犯行時は中学二年生であつたが学習能力に乏しく、家庭においても温い保育をうけることができず遂に非行におちるに至つたのであり、本件犯行時も一五歳の低年齡であつたこと、その他諸般の事情を考慮するとこの被告人を刑事処分に付するは相当でなく、またその改化遷善も期待し難いところであるから、被告人を保護施設に収容して温く保護指導する方が適切であると思料される。よつて少年法五五条により本件を大阪家庭裁判所に送致することとし、訴訟費用につき刑事訴訟法一八七条、一八一条二項、一項但書により、これを被告人に負担させないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉益清 裁判官 梶田英雄 裁判官 川端敬治)

参考

受移送家裁決定(大阪家裁 昭四一(少)二二六七号 昭四一・四・一三決定報告四号)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)(編省略)

(適用法条)

刑法第二三五条第一〇八条一四歳以上の者との共犯につき更に第六〇条

本件は非現住建造物放火であるとの附添人の主張および本件放火は少年の非行であると断じがたいとの主張については大阪地方裁判所第三刑事部が本件についてなした判断と同一であるからこれをここに引用する。

(処遇理由)

本件ははじめ昭和四〇年少第一四三〇号第二六〇四号として当裁判所に係属し、同年四月八日の決定をもつて事件を大阪地方検察庁検察官に送致されて起訴されたが、公判の結果昭和四一年三月一八日大阪地方裁判所第三刑事部において、非行事実欄記載のとおりの犯罪事実を認定の上、少年は精神薄弱児であり、充分の保護保育を受けていなかつたこと、犯行当時も一五歳という低年齡であつたことその他諸般の事情を考慮して刑事処分は相当でなく、むしろ保護施設に収容して温く保護指導するのが適切であるとして、少年法第五五条により当裁判所に送致されたものである。

当裁判所の調査によつて判明した事情は次のとおりである。少年の両親は少年三歳の頃に離婚し、少年と妹とは父の姉で病棟婦をしているM・E子に引取られて育てられたが、その後母は音信なく、父は昭和三二年に死亡した。少年は一歳の頃脳膜炎を患い、そのため発育が遅れ、鼻をたらしていた。小学校進学年齡に達しても知能程度が低いということで二年遅れて妹と共に小学校に入学したが、学習意欲低く注意力散漫で効果があがらず、全般的に成績は下位であつた。ともかく小学校は無事卒業して昭和三八年四月○○中学校に進学したが、この頃から身体が急に大きくなり(現在身長一七一糎)喧嘩の強い者に憧れ伯母に反抗するようになつた。中学校の出席率はよかつたが、全学科に劣つていて、態度は悪く他の生徒の勉強の邪魔をし、他人に嫌われ、ひがんだり反抗したりしたので先生にとつて扱いにくい生徒であつた。昭和三九年秋頃から窃盗(本件以外)等の非行を犯すに至りそのことで先生に叱責殴打せられ同年一〇月末頃から登校せず、近所の伯父方で手帳加工の手伝をしていた。知能検査の結果では小学校一年生当時田中B式IQ六七、三年生当時九三、五年生当時九四、中学一年生当時八七、二年生当時七八で劣つているが、鑑別結果によれは前回今回二回の上記IQいずれも一〇五クレペリン精神検査の結果は中間疑問型であつて、効率は悪いけれども知能程度は普通域にあつて、決して精神薄弱とはいえないと報告されている。

本少年の場合の最大の問題は幼時より精神薄弱児として扱われ自他ともにそう信じ、そのような人生観生活態度を抱かせられるに至つたことであろう。少年は家庭学校でそのようなものとして扱われ、躾もなされず放任せられ勉学への道を阻まれいわば芽をつまれたのである。少年また自分をそのようなものと信じ、またかく信じそのように行動することが安易で怠惰に過せるところから、幼にして向上意欲を持たず、むしろこれを放棄し、生甲斐も目標もなく漫然と生活してきたものと思われ、またそのために一層精神薄弱と扱われてきたものと思われる。中学校に進学し身体的成長が急激になるにつれて、ようやく自我も拡大したが、少年をとりまく環境は悪く、学校生活も安定せず、慢性複合性副鼻腔炎という持病のため臭くて皆に嫌われ、劣等感自己疎外感から犯罪に陥るに至つたものと考えられる。少年は特に対人的接触においてむつかしい性格ではないが実際的即物的な見方ができにくく自分勝手なひとりよがりに陥りやすい。ときには衝動的になり自己統制力がなくなりあたりちらす面がみられる。

少年は本件放火につき公判審判を通じて犯行を否認しているが、少年の放火であるとの点は動かすことができない。

扱て、少年をいかに処遇すべきであるかについて検討するが、以上のような少年の生育歴生活態度を矯正し、少年は精神薄弱者ではなく努力すれば相当の成果をあげる普通平均的人格者であることを悟らせ(少年は自分がやはり精神薄弱者であると主張しその理由を挙げようとさえする。ここに問題がある。)、積極的能動的な生活態度を持し将来への明るい見とおしを与えることが、少年のために最大であると考える。そのためには永続的計画的教育が必要であるが、現状においては少年院における厳しい教育をもつてなされなければならない。ところで、少年は上述のように進学がおくれていた上中学二年生の当時の本件犯行により義務教育中途で終つているのであるが、上記の少年の問題性少年の姿勢を正す教育の必要性のためには、初等少年院ではなく将来への職業教育を主とする中等少年院に送致するをより妥当と考えるものである。

よつて少年法第二四条第一項第三号により主文のとおり決定する。

(裁判官 松沢博夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例